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聖書の画像 板橋の教会

礼服を着て歩もう(マタイ22章1~14節) 【週報巻頭言】2026年4月5日

「王が客を見ようと入って来ると、婚礼の礼服を着ていない者が一人いた。王は、『友よ、どうして礼服を着ないでここに入って来たのか』と言った。この者が黙っていると、王は側近の者たちに言った。『この男の手足を縛って、外の暗闇にほうり出せ。そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう。』招かれる人は多いが、選ばれる人は少ない。」(マタイ22章11~14節)

イエスさまのたとえ話(新共同訳聖書の小見出しでは「『婚宴』のたとえ」)です。婚礼の時、それにふさわしい服装が必要だということです。礼服を着ていない人がいたというのです。こういう話を聞くと、礼服を用意することができない人の場合はどうなるのだろう?そういう疑問をお持ちになる方があるかもしれません。しかし、当時、このユダヤにおいては、婚宴、婚礼の招待の時には、招待する側が、礼服を用意していたそうです。ですから、自前で用意しなくてもよかったのです。その場に行って、そこに用意されている礼服を着ればよかったのです。

この礼服は何を意味しているのでしょうか。礼服とは、イエスさまのことだと言われます。イエスさまを着る。それが神さまの招きにふさわしいことなのだというのです。しかも招く側で礼服は用意されている。だから、招かれた者は、ただイエスさまという服を着ればよいのです。聖書の中に、イエスさまを着る、ということが書かれている箇所があります。

日中を歩むように、品位をもって歩もうではありませんか。酒宴と酩酊、淫乱と好色、争いとねたみを捨て、主イエス・キリストを身にまといなさい。欲望を満足させようとして、肉に心を用いてはなりません。(ローマ13章13、14節)

あなたがたは皆、信仰により、キリスト・イエスに結ばれて神の子なのです。洗礼(バプテスマ)を受けてキリストに結ばれたあなたがたは皆、キリストを着ているからです。(ガラテヤ3章26、27節)

キリストを身にまとう。キリストを着る。それはイエスさまを信じるということです。悪い人から良い人になろう。正しくない人から正しい人になろう、と努力しなければと考える人がいると思います。その考えは良いことです。でも自分の努力で良い人、正しい人になることはできないのです。そういう私たちに、聖書が教えていることは、イエスさまを着ること、イエスさまを信じることです。そこから、新しい歩みが始まるのです。

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